neuertag’s blog

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ストラヴィンスキーの「火の鳥」 ~10人の指揮者で比べてみた~

昨日はバレンタインデーであったので、私なりにプレゼントを考えてみた。チョコレートではなく音楽の詰め合わせである。それも、私が今一番気に入っている曲を異なる演奏で。というわけで、ストラヴィンスキーのバレエ組曲火の鳥」のフィナーレ部分を、10人の個性的な指揮者が演奏した動画をYoutubeから拾ってきた。指揮者の顔ぶれは以下のとおりである。

1. 小澤征爾
2. クラウディオ・アバド
3. リッカルド・ムーティ
4. グスターボ・ドゥダメル
5. マイケル・ティルソン・トーマス
6. レナード・バーンスタイン
7. ヴァレリーゲルギエフ
8. ユーリ・シモノフ
9. ピエール・ブーレーズ
10. イーゴリ・ストラヴィンスキー

オーケストラについては、動画の説明を参照されたい。

実際、10人分そろえるのは大変であったが、個性的な顔ぶれが出揃ったと満足している。最初の小澤征爾の演奏だが、指揮ぶりからも分かるとおり、全身を大きく使ってダイナミックな演奏となっている。野外の演奏だがベルリンフィルのきらびやかで躍動的な響きが夜空に吸い込まれていくようである。フィナーレの最後に見せる小澤の緊迫した真剣な眼差しはカリスマに満ちている。私自身、気に入っている演奏だ。

2番目は、アバドの90年代の演奏を記録したベルリンフィルのPR動画である。ゆったりとしたテンポで流れるように線を描く指揮棒の動きが、いかにもアバドらしい。それとは対照的に、3番目のムーティの演奏は、優雅さと躍動感を兼ね備えていて生命力が漲る演奏だ。指揮者も当時は髪も黒々としていて、若さと自身に満ち溢れているといった感じだ。その様子は、4番目のドゥダメルの演奏と印象として重なるところが多い。彼はベネゼエラ出身の新進気鋭の若手指揮者で、ここ数年で世界中から注目されてきている。体中から音楽を伝えたいという想いが伝わってくるようだ。

5番目のマイケル・ティルソン・トーマス(略してMMT)は、サンフランシスコを拠点に活動している。彼の気負うところのない軽いノリの指揮ぶりは、知的で洗練されており、とても気に入っている。音もテンポも現代的で都会的な印象を受ける。そんな彼の師匠にあたるのが、6番目のバーンスタインだ。彼は教育者としても熱心で、動画は1969年の"Young people's concerts"というテレビ番組の公開収録である。演奏はニューヨークフィルで、バーンスタイン自身が作曲者ストラヴィンスキーや曲の内容について、青少年向けに分かりやすく解説している。バーンスタインの指揮ぶりは、ハリウッド映画の俳優よろしくアクションがふんだんで、特にフィナーレの最後では、火の鳥が翼を広げるように両腕を大きく振り上げたかと思えば、前方に向けて大きく突き出したりと、見てるだけでも十分楽しめる。当時のバーンスタインは、晩年のように激しくお腹も出ておらず、スマートでリチャード・ギアみたいにかっこよかった。

それで7番目には、アメリカに対抗すべくロシアの指揮者ゲルギエフを持ってきた。彼は、ソビエト崩壊直後のロシアでキーロフ劇場(現マリンスキー劇場)を支えていたことで有名である。彼の指揮は独特で、指揮棒はほとんど使わず手をヒラヒラさせながら微細な表現をしつつも、ダイナミックに腕を振り下ろしたりして、繊細さと豪快さが共存した演奏を実現している。遠目に見ると酔っ払って指揮しているように見えるのは、私だけだろうか。他の動画で一度目にしたのだが、焼き鳥の串のような指揮棒をつまんで指揮していたのを見た覚えもある。

8番目には、同じくロシアの指揮者シモノフを選んだ。彼の指揮は踊ってるように見えることで有名である。踊るようといってもカルロス・クライバーのような華麗な指揮ぶりとは違い、芝居じみてるというか尊大ぶってるような印象を受ける。魔法使いが指揮棒を使ってオーケストラに魔法をかけて意のままに操っているという感じである。その様は、ボリショイサーカスの猛獣使いにも似ている。

そして9番目には、ヨーロッパの知性を代表してフランスの指揮者ブーレーズを選んだ。彼は、最近、惜しまれつつも他界した。現代音楽の作曲家としても有名であり、独自の音楽理論を展開してきた人である。晩年における彼の指揮の特徴は、指揮棒を使わないこと。両手を使って指揮をするのだが、指は真っ直ぐ伸ばして親指以外の4本をピタッとくっ付けて、空間を手刀で切り分けるよう音楽を刻んでいくような印象を受ける。彼の哲学者のような面差しは、演奏中も常に冷静で淡々と音楽の世界が繰り広げられていく。それ故に、指揮者の思い入れよりは、曲自体に込められた音楽の本質がストレートに伝わってくる気がする。彼のマーラーの演奏も他と聴き比べてみると面白い。

最後の10番目は、作曲者であるストラヴィンスキー自身による演奏である。1965年のロンドンにて、ニューヨークフィルと演奏したときの記録である。当時80歳位だろうか、腰も曲がってよぼよぼのおじいさんが杖をたよりに指揮台に上がる。しかし、演奏が始まるや否や厳しい表情に一変し、老人とは思えぬ力強く重厚な演奏を繰り広げるのだ。私は、この動画を見たときに圧倒されてしまった。この老いた芸術家は、自らの魂を「火の鳥」に込めたのだと、そして芸術家の死後もその魂は火の鳥のごとく不死となって行き続けているのだと感慨に浸ったのである。

今回、10人分を詰め合わせにして語った訳だが、ちょっと重かったかもしれない。私自身、もうお腹いっぱいなので、この辺で終わりにしておく。興味のある方は、下に貼ってある動画をお楽しみください。